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エッセイ

2025.12.29

なぜアクリル画家戸田順子は『幸福を呼ぶフクロウ』を描き書き出したか? アクリル画家・戸田順子の想い

 私戸田順子は、初個展を開催した上本町近鉄百貨店の頃から、
一貫して「幸福を呼ぶフクロウ」を描き続けています。

展示会では、よくこんな質問をいただきます。
「どうしてフクロウを描いているのですか?」
そのたびに私は、少し微笑みながらお話しします。

フクロウが「幸福を呼ぶ」と言われる理由

日本では昔から**言霊(ことだま)**の力が大切にされてきました。
フクロウには、心が明るくなる意味がたくさん込められています。
・不苦労(ふくろう)
 苦労が少なく、困難を乗り越えていける人生
・福来郎・福籠
 福がやって来て、逃げない
・夜目が利く鳥
 先を見通す知恵・直感・洞察力
・森の賢者
 精神性・創造性・守護の象徴

このような意味から、
フクロウの絵は開運アートとして人気があります。

スピリチュアルな意味と癒しの力

フクロウは、
・ 守護・直感・目覚め
・ 人生の転換期に現れる導き手
・ 創作活動と非常に相性が良い存在

特に、創作活動を行う人との相性がとても良い存在です。
そのため、
・自宅用の癒しの絵
・大切な人への贈り物
・新しいスタートを迎える方へのプレゼント
としても選ばれています。

アクリル画家戸田順子は、
絵を購入してくださる方が幸せになってくださるように
そんな願いを込めて、一羽一羽描いています。

描いている私自身も、自然と幸せな気持ちになります。
これからも「幸福を呼ぶフクロウ」を描き続け、
この幸せのオーラを、そっと広げていきたいと思っています。

幸福を呼ぶフクロウ

2025.10.15

私がプロのアクリル画家になった経緯

 私は今、大阪を拠点に活動するアクリル画家として、日々作品を描いています。
けれどもこの道は、決して平坦なものではありませんでした。

約10年ほど前、私は2年に1度のペースで3回も入院と手術を繰り返していました。
身体の痛みや不安と向き合う中で、心を落ち着かせてくれたのが「絵を描くこと」でした。
筆を握り、色を重ねていく時間だけは、すべての苦しみを忘れ、心が静かに癒されていくのを感じたのです。

絵を描いているとき、私は自分の原点に戻るような感覚になります。
気づけば、たった30分のつもりが5時間経過していたり、時間を忘れて10時間描き続けていたこともありました。
夢中になるというのは、まさにこのことだと思います。

当時住んでいた大阪市内のタワーマンション26階のリビングの壁は、いつの間にか私の作品でいっぱいになっていました。
そんなある日、「今度は絵画展ができたらいいな」と、ふと心の中でつぶやいたのです。

するとまるでその思いが届いたかのように、ある日突然「女流作家を探しています」という連絡が入りました。
それは百貨店での絵画展へのオファーでした。
人生の不思議なタイミングに、私は“引き寄せの法則”というものを初めて感じました。

そして2017年、初めての個展『戸田順子絵画展』を上本町の近鉄百貨店美術画廊で開催することになりました。
もちろん、初めての展示会。不安もありました。お客様もいないし、売上も心配でした。
見えない存在に「どうかうまくいきますように」と祈るしかありませんでした。

そんな中、まるで天からの贈り物のように、あるお客様が訪れ、なんと5作品を一度に購入してくださいました。
結果として目標の2倍の売上を達成。私は涙が出るほど嬉しく、そして確信しました。
――“見えない力”は本当に存在する、と。
そしてそれ以来、私はアクリル画家戸田順子として、この不思議で美しい力を信じながら、愛と感謝を胸に描き続けています。

2025.10.03

私(戸田順子)が絵を描き出した理由

大阪でアクリル画家として活動している戸田順子です。

今では“幸せ探しの旅シリーズ”などを通じて、フクロウや風景を描いていますが、私が絵を描き始めたきっかけは、決して穏やかなものではありませんでした。

約15年前、私は突然「がん」と向き合うことになりました。
当時の私にとって“がん”という言葉は「死」と同じ意味を持っていました。

きっかけは父の病です。
肺がんで入院していた父を見て、私も念のため検査を受けることにしました。
その結果、私自身にも大腸がんが見つかりました。
父はその後、静かに旅立ち、私は深い悲しみと絶望の中に沈みました。

幸い、私のがんは初期で見つかり、内視鏡で切除できました。
抗がん剤治療は不要でしたが、定期検査のたびに襲ってくる不安と恐怖は計り知れませんでした。

そんなある日、今度は不正出血があり、子宮頸がんの高度異形成が見つかりました。
再び内視鏡で切除できたものの、「再発の可能性」という現実に怯えながら、3か月ごとの検査に通う日々が続きました。

――この恐怖は、同じ経験をした方にしかわからないかもしれません。

そんな中で、私の心に一つの思いが芽生えました。
自分が生きた証を、何か形として残したい」。

その思いに導かれるように、私は自然と筆を手に取りました。
理由はうまく説明できませんが、絵を描くことはまるで“生きていることを確かめる行為”のようでした。
アクリル絵の具の色が広がるたびに、心が少しずつ解きほぐされ、希望の光が差し込むのを感じました。

絵を描くことは、私にとって“生きる力”そのものになりました。
キャンバスに向かう時間は、恐怖や悲しみから私を救い、前へ進む勇気をくれました。

もし病気になっていなければ、私は今のようにアクリル画に出会うことはなかったかもしれません。
あの出来事があったからこそ、大阪のアトリエでアクリル画家として生きる今の私がいます。

これからも絵筆を通じて、私が歩んできた“いのちの軌跡”を描き続けていきたいと思います。
そして、私の作品を通じて、見る人の心にも「生きる喜び」と「希望の光」をお届けできたら幸せです。


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